脳神経内科
中村 起也
脳神経内科では認知症やパーキンソン病など、神経系の病気全般を診療しています。他科で診断・治療に至らなかった患者さんが受診することも多く、脳神経疾患における総合診療科のような特性を持つ診療科でもあります。患者さんのお話を聞く時は「白衣を着ません」と話す中村起也先生に、モットーややりがいなど診療に向けた思いについて伺いました。
私が医師になって2年目の頃、お世話になった先生から、「脳神経内科は脳神経外科が診ないものを診るところだ」と言われたことがありました。その言葉は魔法のように私の中にすっと入り、今も心にこびりついています。以来、他の診療科で診断・治療できない病気を断ることなく、脳神経内科で診ようと強く思うようになりました。
脳神経内科では認知症をはじめ、パーキンソン病や多発性硬化症、正常圧水頭症、多系統萎縮症など、神経系全般の疾患を診療しています。その中で私たちがよく出会うのが、たくさん検査を受けているのに、どんな病気でどんな治療法があり、進行や予後はどうなのか、結論が出ていない患者さんです。当院には脳神経外科や血管内脳神経外科、脳血管内科などがありますが、これらの科で診断・治療するのが難しければ脳神経内科へ、となることが少なくありません。そんな状況にある方が孤立して不安にならないよう、答えが出ないまま放置することはしない。それが私のモットーです。
私は日本神経学会神経内科専門医や日本内科学会総合内科専門医の資格を持っていますが、この科はまるで何でも屋というか、総合診療科に近い性質があります。ある意味、セーフティネットのような位置づけの診療科だと言えるのではないでしょうか。
当科には、物忘れやしびれ、てんかんの専門外来があります。例えば、しびれを訴えてしびれ外来を受診する方の中には慢性炎症性脱髄性多発神経炎(CIDP)の患者さんが見られます。CIDPは対応する医療機関が少ない疾患で、皆さんよく口にするのが、「実は何年も前からしびれていた」という言葉です。時には、10年も前から気になっていたという方もいます。早く適切な診断をつけて治療を始めるために、気になる症状があればお気軽にご相談くださればと思います。
専門外来の中で特に物忘れ外来は予約待ちになりやすいのですが、待っている間に重症化する可能性もあります。一例を挙げると、開業医から認知症の薬を処方された患者さんが不穏な状態に陥って自宅で見れなくなり、数カ月先に控えていた物忘れ外来の受診を待たずに入院を希望されたことがありました。しかし、満床で入院できなかったため、すぐに開業医に連絡して認知症の薬を中止し、別の薬に変えてもらいました。するとその患者さんは嘘のように落ち着き、ぐっすり眠ったとのことです。薬1つ変えるだけで大きく状況が変わる、ここではそんな経験がよくあります。結局、その患者さんには予約を前倒ししてすぐ受診してもらい事なきを得ました。このように、状況によっては早く診療するなど、臨機応変な対応を心がけています。
脳神経内科で診る疾患には治らないものも多くあります。そうであれば、どう付き合うかを考えながら付き合っていくしかありません。そのために欠かせないのが、患者さんにはたまった思いを最初にすべて話していただくことです。これはもちろんご家族も同様です。ご本人からもご家族からも、まずはお話を聞かないことには何も始まりません。
言いたいことがたまっていると、誰でも20分、30分は話します。必要に応じてこちらからも誘導しつつ、最初の段階でしっかり口に出してもらって気持ちを軽くし、不安を取り除いてお帰りいただきます。ですから初診で40~50分、1時間かかることもあり、俗にいう“3分診療”はここではあり得ません。先に気持ちを言葉にしてもらうとその後の診療に時間がかからなくなり、結果的には非常にスムーズに事が運びます。
お話をじっくり聞くためには、話したくなるような雰囲気作りも不可欠です。そのために私がいつも実践しているのは白衣を着ないことです。白衣を脱いでいる時のほうが皆さんよくしゃべるのです。同様に、話す場所についても配慮しています。私の診察室は整然としていなくて、カレンダーや本がごちゃごちゃ並んでいます。家にいる時のように楽に話してほしいので、あえて診察室らしくない雰囲気にしているのです。
私はケアマネジャーであり、日本医療マネジメント学会が認定する医療福祉連携士という資格も持っています。当院にはソーシャルワーカーもいますが、私からも直接、難病についての状況や使える資源などについて患者さんに説明したり、身体障害者手帳や介護保険などの手続きに関して即対応したりしています。内科は介護保険との関連が非常に強いので、そのまま在宅復帰するのが困難な方であればケアマネジャーに連絡して対応してもらうこともあります。医師からワンストップで直接対応できるのは他の脳神経内科とは少し異なる特徴で、ここならではの強みではないでしょうか。
私の目は医師の目だったり、ケアマネジャーの目だったりするわけですが、同時に“家族の目”も持っています。私は祖父を105歳まで自宅で介護した経験があります。最後は認知症もあって本当に大変でしたが、患者さんのご家族とお話しする時、「私はこんなふうにしたんですよ」と自分の経験談を紹介することもできるわけです。祖父を介護したことが今こうやって誰かの役に立つなんて思いもしませんでしたが、家族の目を持てるようになったのは祖父のおかげなのでしょうね。
認知症患者さんのご家族とお会いすると、「言うことを聞いてくれない」「言ったことをすぐ忘れる」と皆さんおっしゃいます。認知症だから仕方ないのですが、そのことを受容するのに時間が相当かかる場合もあります。あるご家族の例を紹介すると、90歳を過ぎた母親の認知症を、娘さんがなかなか受容できずにいました。そこで私から、「お母さんが今も体を動かせるのなら、何か役割をお願いしてみては」と提案したところ、お母さんはきちんと味噌汁を作ったそうです。それを見た娘さんは「こんなに認知症があるのに味噌汁を作れたんですよ」と驚いていました。できないことは嘆く一方で、できることがあると驚くというふうに、認知症をうまく受容できない人は本当に多いのです。
誰でも、できないことをあげつらうと改善しません。褒められれば伸び、褒められなければうまくいかないというのは、認知症の患者さんも同じです。そのことがきちんと分かるまでが大変なのですが、家庭内で役割を与えるなど、何かのきっかけがあれば人は変わるんだということは私たちも見ていて実感します。そうやって患者さんが劇的に良くなる姿を見ると大きなやりがいを感じますね。
ここで診療する疾患の多くは、1つの病院だけでなく、地域の医療・介護ともつながって診なければならない病気です。当院は地域のワンパーツであり、介護とも二人三脚でやっていかざるを得ないと言っていいでしょう。
私は仙台市の認知症サポート医*でもあるのですが、地域との関わりの一環として、近隣の医師からの依頼で緊急の診療を行うことがあります。仙台市医師会を通じて開業医の先生方向けに講演を行ったり、コンサルテーションに応えたりすることも。また、最近では精神科に近い対応の要請を受ける例も増えてきました。例えば、回復期リハビリテーション病棟に入院しているパーキンソン病の患者さんが不穏な状態になったから来てほしい、といった例です。そんな時にスムーズに対応できるよう、精神科で処方される薬剤についても日頃から勉強していますし、高次脳機能障害に詳しい医師に薬の使い方を相談することも欠かしません。今後も研鑽を積み、地域の患者さんやご家族の不安を軽減する一助になれたらと思っています。
*地域の認知症医療・介護などがスムーズに連携・機能するようサポートするための、専門性を持つ医師のこと。