脳血管内科 診療部長(兼)脳血管内科部長(兼)患者サポートセンター長
矢澤 由加子
日本人の死因第4位、要介護になる原因第2位である脳卒中は、正式には「脳血管障害」と呼ばれ、脳出血、くも膜下出血、脳梗塞に分けられます。多くの施設では脳卒中診療の中心は脳神経外科が担っていますが、近年は脳卒中を専門とする脳神経内科医が増え、脳卒中内科を新設する施設が少しずつ増えてきました。
広南病院では、国内でも先駆けて2005年に脳卒中専門内科である脳血管内科を開設しました。脳出血、くも膜下出血を脳神経外科、血管内脳神経外科が担当し、脳血管内科は主に脳梗塞を担当します。
脳血管内科では、血管内治療を含む救急治療から再発予防に重要な生活習慣病治療や合併症管理まで一貫して担当し、一人でも多くの患者さんが後遺症を残さず元の生活へ戻ることができるよう最善を尽くします。
医学部の病院実習で、脳梗塞後遺症により言葉を発することもできず寝たきりになっている患者さんに初めて出会い衝撃を受けました。机上の知識では脳梗塞後遺症の実像を想像できていなかったのです。突然発症した病気で人生が変わってしまう様子を目の当たりにした思いでした。それまで脳神経分野にはあまり興味がありませんでしたが、この体験が脳卒中診療を志すきっかけとなりました。
脳卒中治療を学びたいと脳神経内科に進みましたが、医師になったばかりの頃ははまだ脳梗塞の治療が確立されておらず、脳大血管閉塞による脳梗塞を発症すると治療の効果は乏しく高率に重度後遺症が残りました。しかしながら2005年に血栓溶解薬であるtPA静注療法が解禁となり、2010年には脳大血管閉塞に対する手術デバイスが使用承認され、以後現在まで脳梗塞診療は年々進化を遂げています。
自分も脳梗塞診療の進歩に遅れをとらないよう脳神経血管内治療専門医の資格を取得し、脳大血管閉塞による重症脳梗塞も迅速に適切な治療を行うことで、後遺症なく退院される方に出会えるようになりました。
医療の進歩により重症脳梗塞も“治る”可能性が見出されるようになりました。“治る”は後遺症なく回復することを意味しますが、“治る”ためには発症からいかに短時間で治療を開始できるかが重要です。
多くの脳梗塞は前触れなく、突然発症します。顔(半分歪む)、言葉(呂律が回らない、言葉が出ない)、腕(両腕を挙上すると片方下がる)の3つが典型的な症状です。このような症状が出たら、躊躇せず1秒でも早く救急車を依頼し専門医療機関を受診することが、“治る”または後遺症を残さず健康寿命を伸ばすために重要です。
1秒でも早く治療が開始できるよう、私達は患者さんの来院前から準備を始めます。発症から間もない場合には、治療開始が1分遅れると後遺症が4日延びるというデータがあり、患者さんの来院後は時間との戦いです。
当院では、緊急治療を必要とする脳梗塞患者さんが病院に到着してからtPA(血栓溶解薬)が投与されるまでの時間が21分、血栓回収術までの時間も46分と全国平均より早く達成できています。このような成績が残せるのは、医師のみならず、看護師、放射線技師など病院の総力を挙げて治療に取り組んできた成果です。
また、急性期脳卒中症例はSCU(脳卒中専門集中治療室)で治療が継続されることにより、専門性の高い治療を集約的に提供することができます。
脳血管内科への入院数は年々増加しており、2021年は約1,000例の入院を受け持ち、そのうち約800例が急性期脳梗塞症例でした。脳梗塞診療は現在も日々進歩しており、24時間365日いつでも最新の知識と技術を患者さんに提供できるようスタッフと施設のアップデートを行なっています。
急性期治療が終わった後も、脳梗塞再発予防のためには生活習慣病管理や生活改善が長期にわたり必要となります。脳血管内科では脳梗塞診療のみならず、生活習慣病管理や脳卒中患者に多く合併する心血管疾患の一般的な管理も行い、地域の医療機関のご協力を得て長期的な再発予防に取り組んでいます。
また、看護師、リハビリテーションスタッフ、管理栄養士、社会福祉士など、パラメディカルと協働して再発予防のための学習、生活援助、福祉サービスの提供を支援します。
私がセンター長を務める患者サポートセンターでは、患者さんのお問い合わせに対応できる脳卒中相談窓口を設け、地域医療機関との連携の役割も担っています。脳卒中相談窓口ではご自宅へ退院される患者さんの支援、他の医療機関へ転院される患者さんへの情報提供、支援センターへの取次、福祉相談などを行います。医療連携では地域の医療機関からの受診依頼の調整、連携手続きを行っています。
今後も地域の方々が安心して受診できる病院、満足してご利用いただける病院として患者さん、地域医療機関との協力体制を強化し、より質の高い医療を提供できるように努力してまいります。
年々増加する脳卒中に24時間体制で臨む脳卒中急性期医療を維持するためにはマンパワーが必要です。これまで脳卒中診療の中心となっていた脳神経外科医に加え、脳卒中診療に精通していた脳神経内科医のニーズが高まっています。
脳梗塞診療において革新的な発展を遂げている薬物療法や血栓回収療法は、内科医が活躍できる分野であり、これからの脳卒中診療では外科医、内科医が診療科の垣根を超えて、1つのチームとして参画していくことが求められています。
当院では入院患者さんの情報は脳神経外科、血管内脳神経外科、脳血管内科の3つの診療科のスタッフが全員で共有し、協力しながら治療を行っています。3科合同で毎日行われるミーティングやディスカッションの中で、外科医がどういう考えでどのような治療を行うのか、内科医だけでは学び難い視点も習得することができ、外科医と対等に渡り合える知識と技術を獲得できます。
また、超音波診断技術や薬物療法の知識など内科医だからこその特技を習得し伸ばすこともできます。技術や知識の取得と共に重要なのが経験です。脳卒中内科医を教育する施設は全国的にまだ少ないと思いますが、当院は他の施設に負けないクオリティと症例数を誇る国内トップクラスのハイボリュームセンターです。ビギナーには多くの経験、エキスパートには更なるキャリアアップを提供できます。多くの経験を経ることで、自分が目指す脳卒中内科医像が見つかると思います。
当科スタッフは出身大学も出身医局もバラバラで学閥がありません。脳卒中内科医に興味がある、脳卒中内科医として歩みたい、という思いのある医師をお待ちしています。あまり自信はないけど・・・という方も、敷居は低いですからぜひ一度見学にいらしてください。
脳卒中急性期診療は365日24時間体制で臨まなくてはならないことから、負担が大きいのではないかと不安に思う方も多いと思います。当院では内科・外科の協働、能力の高いパラメディカルの協力によりマンパワーを保持し救急体制を維持しています。
このような施設に勤務しながら、2回の出産を経験し複数の専門医資格を得た私は、脳卒中医の中でもとても珍しがられます。しかし、私自身の出産育児においては(現在も)多くのスタッフから手厚い応援があり、何の引け目を感じることもなく働くことができています。
女性の出産に限らず、一般的なライフイベントを経験することは医師の人間としての成長にも重要と思います。ライフスタイル、能力、環境など、異なる個人がチームとして働いているのですから、色んなことが起こるのが当たり前なのです。
ダイバーシティの受容は、各個人のモチベーションの向上のみならず、病院全体の活性化にもつながると考えています。一人一人が長く、楽しく、成長できる職場、働き方を目指します。